東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2082号 判決 1969年6月30日
被控訴人 大和信用組合
理由
一 控訴人主張の請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。よつて、被控訴人主張の抗弁について判断する。
二(一) 《証拠》を合せ考えると、被控訴人は昭和三九年一〇月二六日訴外会社に五〇万円を、弁済期を昭和四〇年四月二六日と定めて貸与したこと、その後同年三月二六日右のうち一万円が弁済されたこと、および弁済期は順次延期され、最後に同年九月三〇日となつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
被控訴人は、昭和三八年八月一七日訴外会社に二〇万円を貸与したと主張するが、前示《証拠》によつては、未だこれを認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(二) 《証拠》によると、訴外会社は昭和三八年一一月一八日被控訴人と手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越等の取引につき約定を結んだこと、右において訴外会社は被控訴人に対し、訴外会社が被控訴人に対して負担する債務を一つでも期限に弁済しなかつたときは、被控訴人から何らの通知、催告がなくても当然に、割引を受けた手形全部について、これを当該手形額面額で買戻す債務を負担し、直ちに弁済する旨を特約していること、および被控訴人は訴外会社の依頼により、原判決添付の別表割引欄記載の各日に、訴外会社が裏書をした、額面額および満期を同表金額欄および満期欄記載のとおりとし、その他の手形要件を具備した約束手形一二通を割引き、訴外会社に対価を交付したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
ところで、手形買戻請求権の法的性質については、いくつかの見解が存するけれども、右は結局手形割引契約に附随する前記特約により発生するものと解するのを相当とする。なお、前記特約によると、訴外会社が被控訴人に対する債務を一つでも期限に弁済しないときは、被控訴人からの意思表示を要せず、当然に買戻請求権が発生するものとされているが、右は割引依頼人の信用状態の悪化が客観的に認められる場合であるから、右特約を認めても、割引依頼人はもとより第三者の利益を害するものではない。
そうして、《証拠》によれば、訴外会社は、右(一)認定の貸金債務四九万円を弁済期日昭和四〇年九月三〇日に支払わなかつたことが明らかであるから、訴外会社は、前記特約により同年一〇月一日被控訴人に対し、前記各約束手形を買戻すべく各額面額相当の支払義務を負担したものというべきである。
三(一) 被控訴人は、昭和四〇年一〇月二〇日頃、当時訴外会社のため相殺の意思表示を受領する権限を有していた訴外内清隆に対し、右二認定の各債権を以て控訴人主張の各債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたと主張するけれども、その全立証によるも右事実を認めるに足らず(前示証人坪田の証言は到底これが認定の資料たり得ない。)、他にこれを認め得る証拠はないから、右は更に立入つて判断するまでもなく失当である。
(二) 被控訴人が、昭和四二年六月八日の原審第七回口頭弁論期日において控訴人に対し、右二認定の各債権を以て、控訴人主張の各債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかである。よつて右意思表示の効力について判断する。
(1) 控訴人を債権者、訴外会社を債務者、被控訴人を第三債務者とする東京地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第八一七三号債権仮差押申請事件の、債権仮差押決定が、昭和四〇年一〇月一二日被控訴人に送達されたことは当事者間に争いがない。
ところで、既に認定したところによれば、右仮差押当時右相殺の自働債権たる前記二の(一)、(二)の各債権は弁済期が到来していたが、受働債権たる各預金債権のうち、A(普通預金債権であるから、当事者間に争いのない現残高となつた昭和四〇年九月一三日には遅くとも弁済期が到来していることは明らかである。)およびBを除くその余の各債権については、未だ弁済期が到来していないことが明らかであるが、このような場合でも、被控訴人は、転付債権者たる控訴人に対し、相殺の意思表示をして、相殺を以て同人に対抗することができるものと解するのを相当とする(最高裁判所第二小法廷、昭和三二年七月一九日言渡判決、民集一一巻七号一二九七頁参照)。
(2) 控訴人は、訴外会社は被控訴人に対し、右二(一)の四九万円のうち、四〇万六〇〇〇円を昭和四一年二月二三日に、七八五円を同年三月三一日にそれぞれ弁済したと主張する。ところで、前示《証拠》には、右にそう記載が存するけれども、右は原審証人坪田の第二回証言に照して考えるときは、被控訴人における単なる記帳上の処理に止まるのであつて未だ以て右弁済の事実を肯認すべき資料とはなしがたく、他に右事実を認めるに足る証拠がないから、右主張は採るを得ない。
(3) 前示認定の手形の買戻請求権の性質に鑑みるとき、右請求権に基づく割引依頼人たる訴外会社の金員支払義務と被控訴人の手形返還義務とは同時履行の関係にあるものと解すべきであるが、前示《証拠》によれば、訴外会社は前認定の約定において、被控訴人が右買戻請求権を以てする相殺においては、右同時履行の抗弁権を放棄する旨特約していることが明らかである。ところで右の特約は、訴外会社が被控訴人を信用して、二重払いの危険を覚悟のうえ結んだものと認められるから、有効であると解せられる。
以上のとおりであるので、被控訴人のした前示相殺の意思表示は有効であるといわねばならない。
四 本件においては、既に認定したとおり、受働債権のみならず自働債権も複数存するので、いずれの債権をもつて、受働債権のいずれと相殺すべきかを決する必要がある。ところで相殺の目的となる債権の指定につき、特段の意思表示の認められない本件においては、民法五一二条、四八九条に準ずべきところ、右によれば、まず前記二(一)の貸金債権がついで、同(二)の買戻請求権が前記別表記載の順次受働債権AないしFと相殺されるものと解するのを相当とする。そうして、自働債権の合計が受働債権のそれを上廻ることは計数上明らかであるから、結局各受働債権は、それぞれの弁済期日に消滅したことに帰する。
五 してみれば被控訴人の抗弁は理由があり、控訴人の請求は失当であるから、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。